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村芝居   春旭

   髭面判官
     「ひげづらの判官が出る村芝居」   春旭
 
 ノスタル爺フォト575にお付き合い下さい。

 「村芝居」とは、秋の収穫が終った後に、村人の娯楽を兼ねて村祭りの一環として興行する芝居のことです。村人のする芝居ですから、ど下手で田舎臭くてとても鑑賞には堪えませんが、どこか妙に受けていた思い出があります。そんな村芝居も、私の子供の頃までで、さすがに今の時代では絶えて久しい行事です。
 あの頃は同じように、鎮守の社の空き地に今で言う旅回りの大衆演劇の一座が興行を打ったりしていました。出し物は大概股旅物などの時代劇か、母娘物。笑わせ泣かせ、こっちは大衆の心のツボを心得ていましたな。
 こまっちゃくれていた私が、いつも不思議に思ったのは、村芝居も旅廻りの芝居もどれも主役がオジさんか爺さんだったこと。特に判官と言われる義経や浅野内匠頭役を、そういった方が演じること。東映や大映の時代劇では、錦之助や橋蔵や雷蔵などの、いわゆる白塗りの二枚目の役柄です。ミスキャストだな~と子供心に思っていました。(嫌なガキでした)
 でも、今になってはよく分かるのです。要するに上下関係・力関係なんですね。村芝居は当時の村の実力者が、旅回りでは一座の座長がそのご面相とは無関係に主役の座を務めるんですね。だから、主役の判官が髭面だろうが皺顔だろうがガキの疑問は一切無視して、芝居を無理やりにも成立させてしまう大人の事情だったんですな。
 でもそうと分かった今でも、大分無理があったな~・・・。(苦笑)
 
 今回は、「村芝居」というあまり詠まれる機会の少ない季語を取り上げてみました。お付き合いありがとうございました。

Tag:未分類  comment:4 

Comment

幸恵 URL|
#St4TUToA Edit  2016.10.31 Mon10:43
 「村芝居」が季語だとは知りませんでした。
 収穫を終えたこの季節、
 農民たちの楽しみの一つでもあったのですね。
 
  こまちゃくれていたと仰る春旭様は
 きっと利発なお子さんでもあったとお察しします。私は
 ボンヤリした子供でしたが、
 祖母に連れていかれた映画(時代劇)で
 それこそ白塗りの大川橋蔵を見た時は
 その美しさにビックリポン!したものです。
 もっとも、素顔を知った時は、
 成る程~、化粧とは化けて装うものと納得したものですが。(^^;)

  とんだ横道に逸れました。
 これからもノスタルジー(爺?)フォト575
 楽しみにしております。
 
春旭 URL|
#- 2016.10.31 Mon11:49
 さちえさん、コメントをありがとうございます。

 私奴の幼少の頃は、それこそ目から鼻へ抜けるどころか、鼻から青っ洟がたれる(汚くてゴメンナサイ)ガキでしたよ。

 仰るように役者の素顔は、役柄とは別人の人が多いようです。ファンとすれば、そのギャップに驚きもしガッカリもするんでしょうね。
 昔のスターは、TVのバラエティーの様な番組にあまり出演せず、その神秘性を保っていたのでしょうね。
 橋蔵もそうですが、雷蔵の素顔の写真も眼鏡をかけ、まるでどこかのエリート銀行員かと見紛うような容姿です。きっと、電車で隣り合わせても誰も気が付かなかったかも知れません。

 ノスタル爺フォト575、気が向いた時にまた登場させますね。まだ、いくつかネタがありますのでお楽しみに・・・。
たんと URL|
#/LMPCG5A Edit  2016.11.02 Wed10:26
難しい季語を良く詠みこまれましたね。
伝統的な村芝居は秋の収穫祭などで散見されますが
貴重なモノになってきました。
後世にしっかり継承すべきものですよね。
いつもながらの春旭さんからの「月間句評」。有難うございます♪
春旭 URL|
#- 2016.11.02 Wed11:59
 たんとさん、お帰りなさい。2週間のご帰郷如何だったですか。
 その間も毎日ブログを更新なされて、さぞかし大忙しだったことでしょう。
 たんとさんの故郷では、まだ村芝居が遺っているでしょうか?「村芝居」という言葉に、なぜか心の郷愁を感じてしまうのは私だけでしょうか。

 たんとさんの10月の俳句、今回は琴線に触れる句が多くていつもより多く頂いてしまいました。結果として、コメントも長くなり失礼しました。
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